観音台座の設計・製作(1)

清香さんが発見した如意輪観音石像。この台座を設計・製作中です。結構手間がかかります。外の作業寒っ!

如意輪観音坐像。100kgぐらいあるので、一人で持ち上げられません。岐阜のストーンパーク博石館からここまで持ってくるのも一苦労でした。といっても、現在、永代供養墓を建設中なので、建設をお願いしている石屋さんに運び込んでもらいました。感謝!

 

 

妙法寺の境内西側は「癒しゾーン」なので、如意輪観音さんは、ぴったし!

目線の高さまで持ち上げるのに、台座が必要。しかし、石の台座を運び込むのは無理です。たぶん1トンを超えるでしょう。

そこで、しょうがないので、作ることにしました。最初に設計した台座です。

製作開始です。基礎の穴を掘ろうと、スコップで掘り始めたら、設置しようとしていた場所に、なんと、厚さ15cmぐらいの石板が埋まっているではないか。。。昔、何かがあった場所なのかな?しかも、なんと、設計図の大きさとほぼ同じ大きさの石板。「ここに設置しなさいよ!!」という暗示のよう。そして、向ける方向まで石板が合致している。こんな偶然あるのかな?清香さんの言う「引き寄せの法則なのか??」

いやいや偶然が重なりすぎ。この如意輪観音さん、きっと、妙法寺に来たかったんだよ。

と、びっくりしながら、作業を進める。基礎部分が変わったので設計図を修正。

基礎用のブロックが余ったので、台座側に回しました。これがちょうど石板とほぼ同じ大きさなのよ。

ブロック間は、コンクリート用接着剤(K10)で接着。内部は、モルタルこねこねして、鉄筋を入れて充填。

今日はここでおしまい。寒っ!!

明日以降、上面と裏面にモルタル養生して、その次はレンガタイルを切って貼って完成になります。明日は雨(雪?)のようなのでシートを被せました。

境内の整備:バランの葉を刈り込み

お寿司の皿にも使われるバラン。生い茂って汚かったので、刈り込みし、防草シート&砂利を施工。来週、右側に観音像がお座りになる前に、きれいにしておきました。癒しの観音像です。乞うご期待!

 

中庭秘密基地にオーディオシステム

屋外で過ごすのも気持ち良いです。秘密基地にオーディオシステムを設置。
庭園の風景と音楽で癒されます。

ヤフオクで仕入れたBOSE 101MM

小音量だと低音が聞こえないので、余っていたサブウーハーも設置

メインアンプとサブウーハー用アンプを設置。アレクサで制御しています。
スマホとエコードットをBuletoothで接続することもでき、スマホの音楽リソースも使えます。

音浴瞑想会&ボイスワーク by清香88

毎月、妙法寺で開催している「音浴瞑想会&ボイスワーク」。清香88(蜂谷清香さん)と御参加者のショット映像です。境内のドウダンツツジの紅葉も始まりかな。気持ちの良い天気です。

安土城の秘密(講演)と龍神音楽劇

10月29日、安土城の秘密(講演)と龍神音楽劇を開催しました。多少風が強い中、参加頂きました諸氏に感謝申し上げます。また、講演・龍神劇を演じてくださった「ヒストリア・ノブロウ氏」、「Ryu陣グループメンバ」と支えてくださったスタッフの方々にも感謝申し上げます。たいへん、美しい、そして心に響く演技と歌でした。The Prayerはハーモニーが美しく、龍を演じたチアキさんの舞も素晴らしい。竹中総監督の美術設定、スクリーンも美しかったですね。ちなみに、私は映像・音響システムを担当してました。

休憩所の追加工事

オンデュリン クラッシクシートで屋根を張り、その後、上部側壁に雨よけの板を貼りました。ついでに、雨どいも設置してみました。側壁の板は、切り出し、貼り付けは、結構苦労しましたが、雨どいは簡単に付いちゃいました。

斜めに切る作業が、けっこう難しい。

塗装もけっこうめんどくさい。

足場が悪いので、板張りは苦労します

ついでに、雨どいも設置。勾配位置決め用の貼り糸も。水平でも問題ないらしいが。

雨どい設置は、意外に簡単だった

理科系禅僧からのお話:第3話「直感と違和感」

今回は「直感」と「違和感」のお話

日々、仕事をしたり、遊んだり、生活している中で、「あれ?!」と思ったことは誰にでもあると思います。些細なことだったり、理由もなく「なんかおかしいな!」と感じたり。こういった「直感」とでもいう感覚。あるいは「直感」として気づく前の些細な感覚。「違和感」とも表現できます。

このような直感や違和感は、記憶力の高い人であれば、後になってから、それが具現化して、「あのときの違和感は、こういうことだったのか」と気づくことが多々あります。良い具現化もあれば、悪い具現化もあります。

人口知能にはできない、人間が持つ、この「直感」や「違和感」という能力。この感覚を意識して、日々、気をつけて過ごしていると、難を逃れたり、成功に導いてくれたりします。

「ん?なんかおかしい」とか、「違和感」を感じたときは、一度立ち止まって、心を落ち着けて呼吸し、その違和感の要因にどんな事象があるのか、洞察してみましょう。洞察で要因がわかれば、その後、どういう結果が出てくるのか推察することができます。一方、ほとんどの場合、この「違和感」は見逃しやすいものですし、その後、何が起こるのかは想像できない場合が多いです。理屈で考えても、そのときには要因が見えないときもあります。

それでも、「違和感」を感じたときには、そのことを忘れずに意識に留めておきましょう。忘れないようにするということです。その違和感が些細ではなく、強い違和感の場合には、いったん、その活動を止めてみるのも一つの手段です。また理屈で自分を縛るのをやめてみることです。理屈とは、自分の知識や経験をもとに論理立てするものですが、その中には、かなりの思い込みや自分の願望が入っていたりします。いわゆる執着心です。都合の悪いことを見ない(気づかせない)ようになります。これでは、正しく事象を把握できません。般若心経には、「心を覆うものを無くせば、本当の事象が見えてくる。一度、正反対から事象を見るようにすると本当の事象が見えてくる」と書かれています。

自分の都合を排除し、客観的にものを見るように訓練し(マインドフルネストレーニング)、違和感を忘れないようにしていると、あるとき、その要因に気づけます。違和感の要因を早めにキャッチすることができ、その対応策を取れる確率が高くなります。

この記事を書いている拙僧も、あのときの違和感を放置していなければ異なる展開ができたな!と思い返されることが多々あります。特に若い人に言いたいのは「直感」や「違和感」を感じたとき、それを放置して忘れないよう、意識に留めて、その「直感」や「違和感」の要因を日々、洞察することをお勧めしたい。また「違和感」のある状態で、嫌なことを続けない方が良いということです。自分の好きな仕事や、自分の好きな趣味をやっているときのほうが直感力は高まります。結果として成功する確率が高まります。自分の「直感」や「違和感」を大事にしましょう。

それから、「直感力」を高める方法として、深い呼吸、1日何回か静かな場所に身をおくこと、十分な睡眠と健全な臓器を維持することです。瞑想なども良いでしょう。ストレスのある状態に置かれた脳や体では「直感力」は低下します。十分な休息やリフレッシュも成功するためには大切です。拙僧は、たまに温泉に行ったり、マッサージを受けに行っています。

 

 

理科系禅僧からのお話・第二話 「あの世ってあるのかな?時空間のお話」

お寺に来られた方とはいろんな話をします。たまに、いわゆる心霊体験をされた方のお話も聞くことがあります。また、五感が働いて、奇跡的に災難を逃れた方もいます。

前回のお話で、「人間が見えている光の範囲は、すごく狭く、目で見えていないことの方が多い」というお話をしました。我々の住む3次元の時間と空間についても、同様に、我々は狭い範囲しか感じることができません。

一方で、量子といわれる微小な物質の振る舞いは、壁をすり抜けたり、遠くの量子に作用したりします。人間の感覚では感じられない振る舞いです。でも、実はミクロの世界では日常的に起こっていることが科学でわかってきました。

また、時間の流れも、場所によって速く進んだり、遅れたりもしています。ブラックホール内では、我々の空間よりも時間の流れが遅くなるそうです。ブラックホールではなくても、地球を回る人工衛星でも、時間がずれています。この時間を補正しないと、カーナビとかの地図の位置がずれてしまいます。

我々が感じる空間や時間は、なんと絶対的な普遍のものではないということです。場所によって、ズレたり、歪んだりしているのです。でも、そのズレや歪みを我々の五感では感じることができないのです。</dp

現代の素粒子理論では、ミクロな世界では、理論上、11次元ぐらいあるそうです。ちょっと想像もできませんね。

しかし、こう考えると、なんとなく想像できます。我々は横、縦、高さという3次元空間を認知できます。それでは、2次元に存在する人を想像してみましょう。2次元の世界では、横と縦しかありません。高さという概念が無い世界です。3次元から見れば平面の上の世界。ここに住む人は、平面に線を引くと、その先には進めません。壁に見えるわけです。でも3次元の我々から見れば、線の上を飛び越えれば簡単に越えられるのになぁ!とわかります。次元が一つ増えるだけで、無理!と思われたことも、実は簡単に越えることができるわけです。

それでは、4次元の人から、我々3次元の世界を見たらどう見えているか想像してみましょう。我々3次元の人は、壁があると、その先には行けませんね。でも4次元の人から見れば、簡単にすり抜けるでしょう。4次元の人から見れば、3次元の世界は、すべて丸見えになっているはずです。悪いことはできませんよ。すべて見られているわけですから。悪事は必ずバレると悟りましょう。

時間も同様で、我々は時間は一定に流れていると認知しているが、実はどこでも一定ではありません。我々が認知している時間や空間は、かなり、あやふやな物だったんですね。そんな、あやふやな時空間の中に我々はいるわけですから、「見えないから、無いのだ!」と思うのは人間の傲慢でしょう。

さて、話を本題に戻しましょう。「あの世」ってあるのかな?「心霊体験」て本当かな?いろんな方の体験をお聞きしますが、我々の認知力は3次元空間の認知しかできないことを考えると、「あの世」とか「心霊体験」を否定することはできませんね。

般若心経に書かれている「空」というのは「空っぽ」という意味では無く、次元の異なる場ということです。色即是空の「色」は3次元の人間のことであり、「色」は「空」の一部である「空相」に存在しているのだと書かれています。不思議ですよね。2500年も前に、お釈迦さんは、既に次元の異なる世界を認知していたのですよ。

「あの世」とか「心霊体験」とか、なにか怖い現象のように感じがちですが、これらは我々の次元を越えた次元の世界での事象なのかもしれませんね。認知できないから怖い!となるのでしょうが、理科系の論理で言えば、次元の異なる世界は明らかに存在するはずで、逆に人間の五感で認知できる世界の方が、明らかに狭いということでしょう。

稀に、霊感があったり、身の危険を察知して難を逃れるというのもあります。霊感というと、怪しいとか、怖いとか思うかもしれませんが、次元の異なる世界を感じることができる感覚と思えば、別に不思議でもありません。体験談を聞いていると、人間の臓器が美しく動いているほうが、異なる次元を感じる力が、どうも感覚が鋭くなるようです。

その道を極めたプロ中のプロは、神経機能がアップグレードされ、そういった世界を感じるのかもしれません。生まれつき脳や神経が研ぎ澄まされた人もいるのでしょう。そういう人は、五感を越えて感じることができるようです。きっと、次元の異なる世界は遠くにあるのでは無くて、身近に、あちこちにあるのでしょう。

理科系禅僧からのお話・第一話 「見えるものがすべてではありません」

光は電磁波です。電波の波長がどんどん短くなると光になります。目に見える光の波長を超えると紫外線とかX線になります。
人間の見える光の波長は、380〜780ナノメートルと電磁波の中のわずかな範囲しかありません。

そんな狭い範囲の光しか見えないのに、自分が見たことしか理解しない、見えていることだけで、すべてわかったように思うのは傲慢で愚かなことです。実は見えていないことのほうが多いのですよ。

見えないものが、たくさんあるんだなぁ!と五感を使って感じてみましょう。見えないけど、感じる人が世界にはたまにいるのです。

悟りを開き、穏やかに生きるために!

悟りを開く(事象を正しく見る)には、知識と経験だけでなく、洞察が重要。心の動きを含めて、この世界で生じている全ての事象には必ず要因があり、その要因が絡み合った結果が事象として現れる。釈迦の説いた仏教は因果関係を重要視する。

何がどうなっているのか。洞察するには観察がポイントとなる。五感を使って観察する。呼吸と姿勢を整えて観察し、そして、観察結果から洞察して因果関係を整理していく。

呼吸と姿勢を整えるのは、脳を冷静で活発な状態にするため。動揺している脳の状態では、正しい観察も洞察もできない。五感も鋭くしておく必要もある。頭だけで考えない。自分の感覚も大切にする。良い感じなのか、嫌な感じなのか。素直な感覚は直感という。頭で考えた理屈だけでなく直感も大切にする。理由はわからないが、何か違和感があるときは注意してみる。生物としての直感は重要である。直感は高次元の世界と繋がっている。高次元の世界からは、我々の次元は丸見えなのだ。

観察や洞察をするときに自分の都合を入れてはならない。自分を事象の中心に置いてはいけない。執着や固定観念も自分の都合から生じていることに気づかなければならない。自分の心のフィルターを取り除き、ありのままの事象を観察し洞察する。いわゆる客観視ができるかどうか。ここが最重要ポイントとなる。

人間という生き物は、どうしても自分の都合や自分を中心に物を見たり考えたりしてしまう。ここを断ち切って、客観的に事象を把握するようになると正しい観察と洞察ができるようになる。これを体得すると、心の動揺が無くなり穏やかになる。また人生で失敗する確率が大きく下がる。ニュースで出てくる犯罪や失敗や事故は、すべて客観視できていない人の行動によるものである。

逆に客観視を体得すると、正しく事象を理解できる。これが悟った状態であり、穏やかに生きることができるようになる。

もう一つの大切なポイントとして、正しく洞察するには、ある程度の知識と経験が必要。無知では正しく洞察できない。ある程度の学と経験が無ければ正しく洞察することはできないのである。
生まれたばかりの子供には洞察はできない。親が無知であれば、子供も無知となる。人生においては、良き指導者、先生に出会えるかどうかも悟るためには重要なポイントとなる。

経験も同じで、未経験では正しく観察も洞察もできない。経験とは自分で考えて自分で行動することで身につく。

悟りが開かれれば、不満、怒り、憎しみ、恐れ、嫉妬、焦り、悲しみといった負の心の動揺は、自分自身が生み出しているに過ぎないことに気づくはずた。