境内の花木の様子(12月11日)

緑〜黄〜紅のグラデーションが美しい

 

ヒイラギ?ではなく「万両:まんりょう」のようです。
お金が入ってくるという縁起花らしい。
幼少の頃から生えてた記憶が。

マンリョウ、可憐です。
表に出るように、周りを選定して、支柱を立てました。

植栽して、まだ1年目。大きくなれよ!

紅白の色彩が美しい。

南天。老祖が大事にしてましたね。

法話5:人の品格とは何か?

住職の仕事をしていると、実に、様々な方と出会い、お話をします。そして、また、宗教とは何ぞや?という真理についても、いろいろ考えを巡らします。

人の品格とは何か?人生を歩むについれ、様々な方と出会い、交流し、その過程で「品の良い人」「品の悪い人」と出会います。「品が良いか、悪いか」を主観的に見てしまうと、それは真理ではなくなります。客観的に見る必要があります。

人の品格について、思考を巡らせると、自分では気がつかないうちに、「品の良い人」は結果として「利他」を実践しているように思います。逆に「品の悪い人」は「自己中心」を実践していると思います。

「利他」とは、他人を利する行動で、かつ、見返りを求めない行動です。単に、他人を助けるとか、支援するとかの狭義の意味合いではありません。例えば「八正道」の一つである「正語」とは、「相手の状態をよく観察し、今、その人にとって一番良い言葉をかけてあげること」です。現代社会は情報化社会です。インターネットを通じて、広く発言することが可能になっています。いっぽうで、発言が多くの方に行き渡る中で、「誹謗中傷」がひどい状態になっています。真実が見えないまま、自分の思い込みで発言し、人を傷つける。これは「正語」ではありません。逆を言うなら「悪語」でしょう。「悪語」は、さらに、自分の心(脳)を痛める要因になります。

「品の良い人」は、自分では気がつかないうちに「利他」を実践しているので、人に意見したり忠告したりする際には、相手の状態をよく観察し、その人にどのように話しをしたらよいか考えてから話すでしょう。

「品の悪い人」は、相手の状態をよく観察せぬまま、自分が感じた不快感を、そのまま口にするでしょう。「自分が不安」だから、「自分の気分が悪い」から誹謗中傷という発言をしてしまいす。つまり「利他」ではなく、「自分のため」の自己中心的な行動です。人に意見をしているつもりが、実は、自分のストレスを発散しているということです。自分のための発言であって、相手のための発言ではないということです。会社で上司から叱られたとき、同僚の前でひどい叱責を受けたということはよくある話ですが、これは上司自身のストレスを発散させているだけで、部下のためになっていないということです。品の悪い上司ですね。品の良い上司は、部下をよく観察し、部下のために、仕事がうまくいくようにアドバイスする上司です。叱責の中に、「思いやり=慈愛」の心があれば、自然に部下の心に届くでしょう。

現在、コロナ禍の中で発生している問題も同様です。感染するかもという不安な心が、自粛警察とか、医療関係者に近寄って欲しくないという心を作ってしまいます。人は不安になると「自己中心」を実践しがちです。それぞれの人の本性は、「不安な状況に陥ったとき、どう行動するか」で見えてきます。調子の良いときには、本性は見えにくいものです。

「現世を生きる」ことは、魂の品格を上げるための修行です。良いことも悪いことも、それを乗り越えて精進(努力)することが修行です。禅堂に入って修行することも、社会の中で生き抜いていくことも、同じ修行です。ところが、同じように生きていても、「品の良い人」と「品の悪い人」とが出てくるのはなぜでしょうか?

「品の良い人」は、生きてきた環境によって、自分が気がつかないうちに「利他」を実践している人です。「利他」を実践しているので、他人から攻撃されることは、ほとんどなく、相手をよく観察しているので、不安になったり気分が悪くなることが少ない。それが好循環となって、安定した心が生まれ、安定した心は、冷静な脳を生み出し、間違った判断や行動をしなくなります。結果として穏やかな生活が得られます。また「類は友を呼ぶ」ように、「品のよい人」には「品のよい友」が集まってきます。これも好循環。

「品の悪い人」は、生きてきた環境によって、自分が気がつかないうちに、「自己中心」を実践します。自分と他人を比較し、他人の良い部分を妬み、自分に都合の悪いことには、怒りや憎しみを覚えます。自己中心の生き方は「被害妄想」や「うつ病」の要因にもなりますし、不安定な心を生じさせやすくなることで、冷静な脳を保てなくなり、動揺する心を生じさせ、間違った判断や行動を起こします。また「類は友を呼ぶ」ように、「品の悪い人」には「品の悪い友」が集まってきます。これは「悪循環」。

ここで、宗教とは何ぞや?というお話。日本では、宗教というと「お葬式」というイメージが強い。確かに、人が死を迎えたとき、人類誕生以来、「葬儀」という儀式が行われてきたので、こういうイメージもありますが、宗教とは、本来、「人はどう生きたらよいか?」「どう生きるべきか?」を説いた哲学です。そして、人は、他人と共存した社会の中で生きているので、他人との関わり方が人生において重要です。ここで「利他」を実践するか、「自己中心」を実践するか、で、「品が良い人」になるか、「品が悪い人」になるかが決まります。仏教の根本の哲学は「慈愛」と「利他」の精神です。ブッダは、この根底の精神の上に、「どう生きれば人間は幸せになれるか?」を「八正道」というわかりやすい論理的な形にまとめて説明しています。

日々の生活の中で出会う人を、よく観察してみましょう。「品の良い人」なのか、「品の悪い人」なのか。来寺される方々は、ほとんどが「品の良い人」です。それは、上述した理由によるものと思います。

残念ながら、今の日本は、「品の悪い人」が増えているように思います。ニュースを見ている限り、社会的に偉い政治家、偉い経営者であっても、「品の悪い人だな!」と思う人はよく見かけますね。彼らは、想像するに、いつも「生きながらにして修羅の世界に落ちている」ように見えます。「修羅の世界」とは「いつも争いが絶えず、心が落ち着かない世界」です。

今月のことば:寺の掲示板

「お正月、あと何回できるかな。日日是好日」

人生、無駄に過ごさぬよう。日日是好日(にちにちこれこうじつ)

あなたは、あと何回、お正月を迎えることができますか?
家族と過ごす、あと数回、数十回しかない、貴重なお正月をお迎えください。

ギャラリーを設置しました!

観光でお見えになる方の中には、プロの絵描きさんもおられます。雑談していると、「筆と紙を持ってきてください」といわれ、その場で、さっさと描いてくれます。黄檗仏教画家の「内藤香林禅師」作の仏画をはじめ、Facebookなどで、絵画を拝見したとき「いい色合いの絵ですね。お寺に飾りたいな!」とお話ししたところ、湖南市のアキコさんが「差し上げます!」とのことで、本日、わざわざ持参してくれました。多謝!

さっそく額縁に入れて、妙法寺で開催しているイベント(舞踊会・音楽会・大施餓鬼法要・マインドフルネス実践会)などを入れ込み、ギャラリーが完成しました。

妙法寺においでの際には、どうぞ観覧していってくださいね。

ルーちゃん、トリミング!

ルーちゃん、トリミングしてきました。3時間ぐらいかかる。お疲れさん。
短くしたので、ちょっと寒い。洋服を着せました。

マインドフルになるためのポイントとは?

「マインドフル」とは、心が満たされた状態。脳が安定している状態。

マインドフルネス講座へ参加される方が増えてきました。受講される方々の受講動機に合わせて説明を変えていますが、回数を重ねていくと、マインドフルになるためのポイントが見えてきます。

今回は、そのポイントの1つをご紹介。それは「感謝の気持ち」を持てるか?ということ。

誰かに助けてもらった、親切にされたなどの場合には、「ありがとう」という気持ちが出ます。これは、ごく自然なこと。いっぽう、普段当たり前にある事象については、人は気がつかないことが多い。例えば「空気」や「水」。これらが無いと、生物は死んでしまいますが、当たり前にあるものと思っていると、そのありがたさに気がつかない。「両親」「伴侶」「家族」「友人」もまた同様。そして、この地球環境も同様。

一つの例ですが、四苦八苦と呼ばれる、人間に生じる苦しみの中で、「愛別離苦」というものがあります。愛する人との別れは辛く、苦しいものですが、この世界に生まれた以上、いつか必ず訪れることです。いつか必ず別れは来るのですから、それが正しく理解されていれば、日々、愛する人を大切にしようという気持ちが生まれてきます。そうすると心は穏やかになり、「マインドフル」になってきます。

ブッダは、すべての物は移ろいゆく(変化していく)。そういう諸法が支配している世界に、我々はいるのだということを、しっかりと認識しなさい(正見)と説いています。この事実を正しく認識できれば、様々な事象について、感謝の気持ちが湧いてきます。いやな競争相手に対しても、競争者がいるから頑張れると解釈もできます。普段当たり前にある事象を、マインドフルネス(正念)を実践(集中・観察・洞察)し、自分の周囲の状況、当たり前のことを含めて、良いことに気がつけるかどうか。ここがポイント。

現在、コロナ禍によって苦しい状況に陥っている方が増えていますが、自分の置かれている環境や周囲の事象を、深い呼吸をしながら、よく観察・洞察してみましょう。悪いことばかりではない。良いこともたくさんあることに気づけるかどうかです。

良いことに気づき、どのようにそれが成立しているのかを洞察していくと、「ありがたい」という感謝の気持ちが湧いてきます。そのとき「脳・心」は「マインドフル」となり穏やかな状態になっていきます。穏やかな脳・心は正見/正思を生み出し、困難があろうとも、正しい判断ができるようになります。

助けを求めて!

コロナ禍で、精神的・経済的に苦しんでいる方が増えています。
団塊の世代(高度成長期を生きてきた世代)が、よく口にする言葉「人様に迷惑をかけないように!」でありますが、生命の危機を感じたときは、躊躇なく助けを求めてよいのです。

飢餓状態であれば当然。メンタル的なストレスが限界に達したときも、助けを求めてよいのです。メンタル的な苦しみの場合は、まずは相談する、苦境を話すだけでも、かなり軽減されます。

経済的な苦しみは自治体でセーフティネットを張っています。メンタル的な苦しみも、自分独りで抱え込まず、相談することが大切。近所のお寺に駆け込むのも、ひとつの選択肢です。各お寺の住職は、それなりに人生経験を積んでいますから、いろんなアドバイスを頂けると思います。