秋の夜長の座禅会

これから座禅会です。秋の夜風がゆったりと流れる中での座禅会になりそう。

手作り御朱印袋

手作りの護船観音御朱印袋のカラーが増えました。赤と黒が人気でしたが、琵琶湖ブルーや桃色も追加しました。

前住職が本日、遷化致しました。

本日、前住職(父)が遷化致しました。本日、ご参拝予定であった皆様。午後から急遽の休観となってしまい、おいでいただいたのに、大変申し訳ありませんでした。心よりお詫び申し上げます。また、明日からご予定いただいておりました皆様にも、重ねてお詫び申し上げます。
葬儀のため、10月8日から11日まで、休観とさせていただきますが、何卒、ご容赦ください。般若心経に書かれている大宇宙の摂理です。残念ですが、致し方ございません。

般若心経の宇宙観(般若心経に何が書かれているか?)

台風が来ているのでブログを書く時間ができた。よかった!

数年前、岩根和郎先生の書かれた「暗号は解読された、般若心経」という本に出会いました。先生ご自身は物理学者であり研究者。大般若経(600巻)を262文字に凝縮したものが「般若心経」。ここには「空(くう)」の概念が解かれてる。空っぽ、何も無い、心を空にすれば、いろいろなものが見え、苦悩から救われるというもの。しかし、空と言っても、なんのことか考えれば考えるほどつかみどころがない。以前からそう思っていた。

先生の本を読んで、すっと腑に落ちた。これまで、空とは実態が無いものとされてきた。般若心経の後半には呪文「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶(けーてーけーてー、ぽろけーてー、ぽろーせんけいてー、ぷーていさぽほ)」がある。意味はいろいろな表現があるものの、「往く者よ、往く者よ、彼岸に往く者よ、彼岸に完全に往く者よ、目覚めに幸せあれ!」なのだが、彼岸が「空」の入り口と理解すると、すっと腑に落ちる。

彼岸は悟った者が最初に到達する場所。ここが大きなポイント。「空」は実在しているということ。一方で、心の中での「空」には意味がある。こだわらない心である。しかし、解読された般若心経の「空」は空っぽ、何も無いという意味ではなく、「空」という場所、実態があるのだと解読されている。これは衝撃的。しかし、そういう場所が実在すると考えると、いろんなことが腑に落ちるので不思議である。

ブラックホールや宇宙のビックバーンや、様々な研究活動を見ているが、好奇心を持って宇宙ってなんだろう?天体や地球や人間や、その周りで起きている様々な事象は、どのような理屈で構成され営まれているのだろう?という興味は昔からあったが、まさか般若心経に、その宇宙観が書かれていたとは。これも衝撃的。私なりの理解では「空」はビックバーンの始まり前の状態。時空の無い場所。その場から、空間や時間や物質が生まれ、宇宙や地球や動植物が生まれ、それが相互に関与しながら動いているという宇宙観。空間や時間さえも、絶対的なものではないことは相対性理論で示されている。

「色即是空」、「空即是色」。色(しき)とは人間の体や魂や物質を意味する。色は即、空に行けるし、空からは即、色に行ける。空という時空を超越した場を魂は行ったり来たりできるし、それは見えないけど常に行われているんだと記されている。そして、「空」から生まれた空相(空間の1つ)の中で物事の規則を支配している物理法則は、般若心経に書かれている「諸法」であり、科学者、研究者、技術者は、いろいろな実験を行なって「諸法」を理解しようとしているんだなと。これもまた腑に落ちる。

現代科学は、まだ少しだけど、般若心経の「空」の一面を見つけ始めたんだと思える。2000年以上も前に、まだ科学技術の知見が無い時代に、お釈迦様は、どうしてこのような理解ができたのか、これまた不思議。様々な苦悩はどこから生まれるのか、この世界がどうなっているか、考え抜いた末に見えたものがあったに違いない。この宇宙観がわかると、今、ここに生きている自分の立ち位置が見えるので、何故か安心した気分になる。不思議な感覚。

諸行無常、盛者必衰、自然の摂理と流れ。日常生活でいろんなことがあるけれども、すべては般若心経の説く宇宙観、自然の摂理、諸法の中での事象なんだねと実感する。霊界ともコンタクトできるのかも。もっと、いろんなことが腑に落ちるけれども、ブログが長すぎるので、聞きたい方は妙法寺に来てくださいね。

ストレスの根源が見えた気がする

生きていく上では、日常的に様々なストレスを感じます。生老病死に関わる問題もあれば、人間関係、金銭の問題など様々。もちろん重労働による脳や体の疲弊もストレス要素の1つです。多くの方においでいただき、お話をお聞きしていくうちに、ストレスの根源が見えてきたような気がします。肉体労働による疲労はストレッチや睡眠で改善できますが、精神的なストレスがどこから生まれてくるのかが理解できないと改善の方法がわかりません。精神的なストレスは、すべて脳(心)の中から生まれています。生まれているというよりも、自分自身が作り出していると言うのが正しい表現。自分自身が作り出しているのだから、自分自身で作らないようにすることができるはずです。仏教や禅は、このことを教えているような気がします。精神的な苦悩は人それぞれですが、それを意識するから、余計に脳が凝り固まってくるのだと思います。嫌なこと、悪いこと、なんで自分だけ?そのように意識すると、さらにストレスを強め、悪循環に陥ります。自分のこと、自分の周囲の環境、毎日の生活のこと、よく考えてごらんなさい。嫌なことばかりじゃないでしょう。悪いことばかりじゃないでしょう。好きなこともあったでしょうし、良いこともあったのでは?悪い出来事があったとしても、それは、よく見れば、その結果として良い出来事も生じていませんでしたか?例えば、信号が赤続きで時間通りに到着できそうもない。困ったな。もしかすると、そのおかげで、事故に合わなかったのかもしれません。誰かに批判された。頭にくる。もしかすると賢明な忠告だったのかもしれないし、あるいは性格的に批判するのが好きな人で、単に聞き流しておけば良い話(気にしない)だったかもしれません。マインドフルネスは、良いことに意識を向けます。日常のちょっとした幸せに目を向けます。日常の生活の中で、あるいは、抱えている苦悩の中で、良いことを探してください。案外、意識していれば、見えなかった良いこと、よかったことが見えてくるに違いありません。意識していれば、それがだんだんと見えてくるようになり、些細なことでもよいので、良いことを発見して、それを意識するようになると、脳がほぐれて、自分が生み出していたストレスの元を絶って、脳を良い方向に活性化できると思います。座禅、瞑想、ヨガのシャバアーサナなどは、ストレスの元を断ち切るための入り口です。

台風一過、金木犀。

台風24号が通過。今年は台風の当たり年ですかね。ルートも琵琶湖を狙ってくるような。今回は台風が南側を通過したためか、前回よりも風雨は弱かったです。特に被害無し。よかった。台風一過の青空と気持ちのいいお天気の下、境内の金木犀のいい香り。秋の行楽シーズンですね。禅寺で、ちょっと一服。

またまた、台風直撃の模様

台風24号直撃の模様ですね。大型化しているし、直撃の模様で、風が心配です。とりあえず、前回と同じ対策で、竹垣につっかえ棒。

本堂で昼寝!シャバアーサナ

ヨガポーズの1つ、シャバアーサナ。仰向けで寝て、手のひらを上へ。全身の力を意識して抜く。ポイントは顔。眉間、頬、口の周りの筋肉も脱力。高い天井の広い本堂で、秋の風を感じながら自然に眠りに入る。癒しの禅寺ならではの環境で昼寝。脳も体もスッキリ。静かな環境はシャバアーサナにぴったり。

マインドフルネス寺ヨガ

本日は満月。イベント:「満月ヨガと瞑想」が開催されました。アジュガ先生指導の元、たくさんの方にお集まりいただけました。曇り空で満月が見えないかと思いましたが、護船観音様のご利益でしょうか、見えていました。虫の鳴き声、ゆるやかな風、お香の香り、梵鐘の音色。すべてが癒しとなります。本日は、USAの方にもご参加いただき、グローバルな寺ヨガとなりました。後でお名刺を頂きましたが、なんと世界的に有名なラリー・ウオード先生御夫妻でした。マインドフルネスを子供達の教育に取り入れて活躍されております。妙法寺のマインドフルネス寺ヨガはいかがだったでしょうか?多謝。合掌。

To the Larry Ward and Mr. and Mrs. Thank you for coming. How was Mindfulness Temple Yoga at Myouhou-ji temple?
It is good to be able to form a mindfulness society now that there are many irritations. I look forward to meeting again.

ラリー・ウオード御夫妻のリトリートが京都で開催されます。(下記URL)https://mindfulrelationships.peatix.com/?lang=ja

すぐにキレる方が多くなった昨今ですが、マインドフルネスで楽しい人生を過ごせる方が増えて欲しいですね。

読経体験!

本日は、昼食禅をご予約いただき、写仏、昼食、読経体験、瞑想・座禅を体験頂きました。黄檗宗は、中国、明時代の臨済宗を伝承していますが、読経体験では、鳴り物の多い、旋律のあるお経を、鳴り物を交えて、練習(演奏?)して頂きました。何回か演奏しているうちに、旋律も拍子も覚えることができます。キリスト教の賛美歌のように、本来、お経にも旋律があります。黄檗宗では、これらを梵唄(ぼんばい)と称します。皆んなで演奏する「梵唄」。楽しいですよ。また、梵唄には、いろいろグレードがありますので、次回も、次のグレードの梵唄にチャレンジしてください。一般的な読経体験ではない、当寺の梵唄体験は全く違います。本日、お見えになった◯◯さん。施餓鬼法要の梵唄、本ホームページで閲覧できますので、どうぞ、導師和尚の印とともに、視聴してみてくださいね。次のグレードの梵唄体験、お待ちしております。合掌。