(日本語) 盂蘭盆会・大施餓鬼法要記録ビデオ(令和8年度)
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Read More(日本語) 盂蘭盆会・大施餓鬼法要
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Read More(日本語) 梅の木の剪定
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Read More(日本語) 学びや経験が大切な理由
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Read More(日本語) ホームページ復旧完了
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Read More(日本語) 破壊したホームページの復旧
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Read More法話2:なぜ供養するのか?
お葬式から始まり、満中陰(四十九日)、一周忌、三回忌、七回忌と法事が続きます。これらは追善供養といいます。以前、女子高生から、「なぜ供養をしないといけないのですか?」という質問がありました。住職はびっくり。住職の経験上、供養をきちんと行っている家と、そうでない家とでは、後々、差がついてきます。供養を行っている家は栄え、行っていない家は衰退していきます。 なぜ、法事・供養を行うのでしょうか? 法事・供養には下記の3つの意味があります。 1.先祖・故人に感謝すること 今、皆さんがここに存在していること。これは、両親、祖父祖母をはじめ、先祖代々が命を繋いできたからです。命を繋ぐとは、けっして容易なことではありません。人生において、若い間は楽しいこと、嬉しいことも沢山あります。しかし人生山あり谷あり。仕事では順調なときも、苦しいときにも遭遇します。離婚してしまう人もいるでしょう。後半には、さらに辛いことも増えてきます。親族や両親、友人を見送ったり、病気もするし、老いて苦しんでいったり。人生とはそういうもの。そうやって先祖は、苦しい人生の中にあっても、なんとか生きてきました。そして命を子孫に繋いできているのです。誰かが、命のリレーを途中で放棄していたら、今、あなたはここに存在していないのです。ですから、先祖が苦労して繋いできた結果の命ですから、自身を大切に育まないといけません。そして、苦労しながら命を繋いでくれた先祖・故人に感謝をする、これが供養の1つ目の意味です。 2.先祖・故人を思い出してあげること 苦労して命を繋いでくれた先祖に感謝するとともに、たまに思い出してあげること。これが供養の2つ目の意味です。三回忌、七回忌、十三回忌…と法事が続きますが、こういった法事は、故人を思い出してあげる機会となります。そして、親族・縁者が集い、故人を偲ぶ機会となり、そこでの情報交換、連帯も大切なことです。 3.人の生き様・死に様を見て、自分の生き方を省みること 先祖・故人の生き様・死に様を見て、自分の人生を省みること。どのように生きるのがよいのか考えること。これが供養(法事)を行う3つ目の意味です。法事で故人を思いだして、親族・縁者と、こうだった、ああだったと思い返すとき、それでは今の自分はどうなのか?と省みる、反省することです。また法事ではお坊さんが、いろんな法話をしてくれます。仏教は、「人として、どう生き、どう行動すると幸せになれるのか?」を説いています。五戒・三毒・八正道・座禅/瞑想の効果等々。これを聞く機会としても供養には意味があります。 五戒は、「むやみに生き物を殺してはいけません」「人の物を盗んではいけません」「嘘をついてはいけません」「不倫をしてはいけません」「お酒を飲んで(酔って迷走して)はいけません。」とありますし、八正道の中には「言葉使いは丁寧に。暴言を吐いてはいけません」が含まれているし、人間が陥りやすい三つの毒(三毒:貪り・怒り/憎しみ・愚痴)には特に注意しなさい、などなど。これらは実践していると、自分の脳が痛んできます。心が病んできます。そうすると平常・冷静な脳(心)が保てなくなります。その結果、判断を間違えるようになります。実践していると、いつも誰かに狙われているとか、いつもビクビクして落ち着かない状態に陥ります。心が平穏でなくなるという修羅の世界に入ってしまいます。 最近ニュースでよく報道されるような、芸能人で不倫した人は、心が平穏ではいられない状態になっているでしょう。人の物を盗んだり、嘘をついたりしている人も、人に暴言を吐いている人も、いつも落ち着かない同様な状態になってしまいます。 お釈迦様は、人間という生き物が陥りやすい闇を観察・洞察してよく知っていました。子供の頃からお釈迦様の智慧を知っていたなら、こういった闇に陥ることもなかったはずです。 供養を行っている家は繁栄し、行っていない家は衰退するというのは、自分の生き方を省みる、お釈迦様の教えを聞く機会ができるということに、一番関係しているように思います、 地位も名誉も財産も手に入れた人が、最後に悩むこと。「本当に自分は幸せになれているのか?」本当の幸せとは、日常の平穏・心の平穏ではないかと気づきます。禅が目指すのは心(脳)の平穏と正見(正しい判断)です。朝、日が昇り、ご飯を食べ、家族の笑顔を見て、また日が沈むといった、淡々とした平穏な日常。これが一番の幸せだと気がつけるかどうか。
Read More人は死んだらどうなるか?
人類誕生以来、この問いに人々は向き合い、いろんなことを想像してきました。職業上、亡くなった方と対面することが多い中で、住職もいろいろ思考してきました。 科学技術が発達し、我々が住んでいる世界、この宇宙の謎も、まだほんの少しだけですが、わかってきたこともあります。宇宙はビックバーンから始まった。そして宇宙は膨張し続けている。さらに、我々が住んでいるこの宇宙(世界)は、なんらかの法則が支配している。物を投げれば落ちてくる物理法則も、その一つ。生まれた生物は必ず死ぬ、寿命があるというのも法則の1つ。現存するすべての物質は常に劣化し変化していくことも、この世界の法則。科学技術者は、この世界(宇宙)を支配している法則を見つけようと、様々な研究を重ね、物理学、電磁気学、量子力学、相対性理論等々、法則の一部を理解するに至っています。科学技術は、理論・実測・実証という過程を経て、法則(真理:絶対普遍な事象)を見出していきます。 一方、人間の持つ観察力・洞察力で、この法則を見出した人物がいました。お釈迦様(ゴータマ・シッタルーダ)です。お釈迦様は2500年程前におられた人物ですが、好奇心旺盛で、観察力と洞察力がずば抜けた超人であったように思います。(お釈迦様の生い立ちから亡くなるまでの生涯については、ここではお話をしません。) お釈迦様は、その超人的な観察力と洞察力により、我々が住んでいる、この世界(宇宙)について、現在の科学技術で少しわかり始めた宇宙(世界)の構造を、2500年程前に、すでに理解していたと思われます。お釈迦様が説かれた「般若心経」には、我々が住む世界(宇宙)について記述されています。 「般若心経」は、全600巻で構成された「大般若経」という経典の、エッセンスだけを抽出し、280文字程度にまとめた経典です。(ふりがながありますが、皆さんがよくご存知の読み方と異なっていますね。元々はサンスクリット語で読まれていた経文を、玄奘三蔵法師が漢字に翻訳し、黄檗宗では中国明時代の発音で読むので、このような発音になっています。日本でよく読まれる発音は漢字の音読みです) この「般若心経」には、我々が住んでいる世界(宇宙)のことが書かれています。「般若波羅蜜多」とは、「理想郷に行くための智慧」という意味。この経文は、読むだけでご利益があるとされ、お経の中でも一番有名ですね。呪文の部分もありますが、実は、ちゃんとしたお話として書かれています。この法話では、この世界に関する記述の部分についてのみお話をします。 ・「観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。」 観音菩薩は、理想郷について深く考えていた時に、世界を構成する要素は五蘊(色・受・想・行・識)であり、それらはすべて空(くう)であることがわかった。これがわかれば、すべての苦しみから逃れることができる。 注)五蘊(ごうん)とは、世界を構成する、すべての要素。 1.色(しき)=物質・肉体(魂) 2.受(じゅ)=魂が行う感覚 3.想(そう)=魂が行う思考 4.行(ぎょう)=魂が行う行動 5.識(しき)=魂が行う認識 注)空(くう)とは、これまで「空っぽ・何も無い」と訳されてきたが、「空」を「実在する場」と理解すると、般若心経に書かれている内容がより明確となる。 ・「舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。」 舎利子(シャリープトラ)よ。色(しき)は空(くう)とは異ならない。また空(くう)は色(しき)とは異ならない。色(しき)は空(くう)そのものであり、また空(くう)は色(しき)そのものである。色(しき)が行う「受想行識」もまた同じである。 注)舎利子(シャリープトラ)とは、釈迦の弟子の人物名 ・「是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。不増不減。」 空(くう)の一部である空相(我々の住む世界・宇宙)は、諸法が支配しており、諸法は、生せず、滅せず、垢れも浄くも無いし、増えもしないし、減りもしない。...
Read More当たり前にあると思っているものは、ただ一つも無い
釈迦の教えは多岐にわたるけれども、簡単に言えば、「あなたが当たり前にあると思っているものは、ただの一つも無いということ。」 あなた自身も、あなた自身の周りのものも、あなたの周りの状態や事象も、すべて当たり前にあるものではないということ。そのことに早く気づきなさい。 このことに気がつくと、あなたは幸せになれます。
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