今を生きる

稀ですが、癌を患い、神仏に救いを求めて参拝に来寺される方がおられます。ご家族と同伴され、皆さん、不安な日々をお過ごしのご様子。ご家族皆、顔色も悪い。こういうときには、災いを消し、吉祥を呼び込む呪文「消災吉祥呪」というお経を一緒に唱え、祈祷したりしています。一心にお経を唱えていると、あら不思議、不安な心は消えていきます。本当ですよ。やってみてください。これは、一心にお経を唱えることで「正念」の状態になるからです。

お釈迦さまの教えの一つである「正念」。英語ではMindfulness(マインドフルネス)、正念場の「正念」です。今、目の前のことに意識を集中させること。心(脳)の意識を、過去や未来に向けず、今の瞬間に向けなさいという教えです。

病による痛み・苦しみ、別れ・死が訪れるかもしれないなどと、まだどうなるか決まっていない先の将来を悪い方に想像し、未来ばかりに意識を向けてしまうと、不安というのは増大していきます。毎日を不安に思いながら過ごすことは、貴重な時間を浪費し、人生を暗いものにしてしまいます。

たとえ、病に侵されていたとしても、今、この瞬間、特に痛みも無く、普通に生活できているのであれば、今に意識を向ける、今を生きることに集中しましょう。「今日も一日、楽しく過ごせたな」でよいのです。

精巧で緻密な人体ですから、どこか故障する確率の方が高いのです。健康な状態でいられるのは奇跡的なことです。どこか故障してしまうのが普通なのです。病に侵されることは、この世界では十分あり得ることです。ですから、今、健康な人は、それが奇跡的なことであることに気づき、自分の体に感謝しましょう。

80年生きたとしても、不安を抱えながら80年生きるのは辛い地獄です。一方、40年しか生きなかったとしても、毎日、不安の無い日々を過ごすことができた人。どちらが幸せでしょうか?40年しか生きなかったから不幸だとは言えませんね。まだどうなるか決まっていない先のことに意識を向けず、今、この瞬間、目の前のことに意識を向ける「正念」を実践していきましょう。

病のお話をしましたが、病以外でも、毎日、不安を抱えた人生を送っている方も「正念」を実践してみましょう。まだどうなるか決まっていないのに、この先に起こるかもしれない不安なことを想像したり(妄想)、過去に生じた嫌なことを思い出したりすることは、心(脳)を痛めるだけで不毛で愚かな行為です。

「朝、目覚めると、太陽が出ていて気持ちのいい天気だなあ」「おいしいご飯を食べたなあ」「友達と会えて楽しいなあ」「お風呂に入って気持ちいいなあ」で十分ではないですか。今、目の前のことに意識を集中し、今を生きてみましょう。きっと、幸せで充実した生活ができるようになります。

参道の掃除。先の方まで落ち葉がたくさん落ちていて、「あそこまで、掃除しないといけないのかーーーー」と思うと気分的に疲れてしまいます。でも、遠くを見ないで、足元の1メートルぐらいを見て掃除をすると、見えている範囲だけの掃除になるので、気分的に疲れません。見えている範囲だけなら、すぐに掃除が終わります。そして、次の1メートルに目を向け、また掃除をします。すると、気分的に疲れずに、いつのまにか全部を掃除できています。