法話1:人は死んだらどうなるか?

「人は死んだらどうなるか?」
人類誕生以来、この問いに人々は向き合い、いろんなことを想像してきました。職業上、亡くなった方と対面することが多い中で、住職もいろいろ思考してきました。

科学技術が発達し、我々が住んでいる世界、この宇宙の謎も、まだほんの少しだけですが、わかってきたこともあります。宇宙はビックバーンから始まった。そして宇宙は膨張し続けている。さらに、我々が住んでいるこの宇宙(世界)は、なんらかの法則が支配している。物を投げれば落ちてくる物理法則も、その一つ。生まれた生物は必ず死ぬ、寿命があるというのも法則の1つ。現存するすべての物質は常に劣化し変化していくことも、この世界の法則。科学技術者は、この世界(宇宙)を支配している法則を見つけようと、様々な研究を重ね、物理学、電磁気学、量子力学、相対性理論等々、法則の一部を理解するに至っています。科学技術は、理論・実測・実証という過程を経て、法則(真理:絶対普遍な事象)を見出していきます。

一方、人間の持つ観察力・洞察力で、この法則を見出した人物がいました。お釈迦様(ゴータマ・シッタルーダ)です。お釈迦様は2500年程前におられた人物ですが、好奇心旺盛で、観察力と洞察力がずば抜けた超人であったように思います。(お釈迦様の生い立ちから亡くなるまでの生涯については、ここではお話をしません。)

お釈迦様は、その超人的な観察力と洞察力により、我々が住んでいる、この世界(宇宙)について、現在の科学技術で少しわかり始めた宇宙(世界)の構造を、2500年程前に、すでに理解していたと思われます。お釈迦様が説かれた「般若心経」には、我々が住む世界(宇宙)について記述されています。

「般若心経」は、全600巻で構成された「大般若経」という経典の、エッセンスだけを抽出し、280文字程度にまとめた経典です。(ふりがながありますが、皆さんがよくご存知の読み方と異なっていますね。元々はサンスクリット語で読まれていた経文を、玄奘三蔵法師が漢字に翻訳し、黄檗宗では中国明時代の発音で読むので、このような発音になっています。日本でよく読まれる発音は漢字の音読みです)

般若心経(中国民時代の発音で表記)

この「般若心経」には、我々が住んでいる世界(宇宙)のことが書かれています。「般若波羅蜜多」とは、「理想郷に行くための智慧」という意味。この経文は、読むだけでご利益があるとされ、お経の中でも一番有名ですね。呪文の部分もありますが、実は、ちゃんとしたお話として書かれています。この法話では、この世界に関する記述の部分についてのみお話をします。

・「観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。」
観音菩薩は、理想郷について深く考えていた時に、世界を構成する要素は五蘊(色・受・想・行・識)であり、それらはすべて空(くう)であることがわかった。これがわかれば、すべての苦しみから逃れることができる。

注)五蘊(ごうん)とは、世界を構成する、すべての要素。
1.色(しき)=物質・肉体(魂)
2.受(じゅ)=魂が行う感覚
3.想(そう)=魂が行う思考
4.行(ぎょう)=魂が行う行動
5.識(しき)=魂が行う認識

注)空(くう)とは、これまで「空っぽ・何も無い」と訳されてきたが、「空」を「実在する場」と理解すると、般若心経に書かれている内容がより明確となる。

・「舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。」
舎利子(シャリープトラ)よ。色(しき)は空(くう)とは異ならない。また空(くう)は色(しき)とは異ならない。色(しき)は空(くう)そのものであり、また空(くう)は色(しき)そのものである。色(しき)が行う「受想行識」もまた同じである。
注)舎利子(シャリープトラ)とは、釈迦の弟子の人物名

・「是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。不増不減。」
空(くう)の一部である空相(我々の住む世界・宇宙)は、諸法が支配しており、諸法は、生せず、滅せず、垢れも浄くも無いし、増えもしないし、減りもしない。

諸法とは、我々が住んでいるこの世界(宇宙)を支配している法則。物理法則もその一つ。すべての物は「無常(常で無い)」、変化していくというのも諸法の1つ。生老病死も免れることはできないし、愛別離苦(愛する人とは必ず別れが来る)苦しみも諸法。

・「是故空中。無色無受想行識。無眼耳舌身意。無色聲香味觸法。
それゆえ、空(くう)の中においては、色(しき)も無く、受想行識も無い。目で見ることも、耳で聴くことも、舌で味わうことも、身で感じることも、意識することも無い。

つまり「般若心経」には、

「我々が住んでいる世界(宇宙)は、空(くう)という場から生じた一部である空相であり、その空相の中で我々は生命活動を営んでいる。」

「空(くう)」に入れば、そこには肉体(魂)も無く、受相行識も無ければ、体で感じる音も味も触覚も意識も無くなるのだとと言っている。

「色即是空・空即是色」とは、我々の色(魂)は空(くう)の世界と繋がっており、そこへ行ったり来たりするのだよと言っている。

現代の科学技術で少しわかってきたこと。宇宙がビックバーンから始まった。ではビックバーンの前はなんだったのか?それが空(くう)という場であろうと思われる。ただし、空(くう)は、時間も空間も無い、エネルギーだけが満ちている場で、人間の肉体(魂)や五感では、感じたり認識できないエネルギーフィールドである。

「般若心経」の後半には、「これは真実で、嘘ではない。これがわかれば、恐怖することは何も無くなるよ。」と書いてあります。科学技術が発達したからといって、我々が住むこの世界について、すべてを知ったわけではありません。人間の目では見えないもの、認識できないものが、まだまだあるはずです。自分の目で見たこと、自分の意識で理解した事象だけで、すべてのことがわかったと思うのは人間の傲慢です。鋭い観察力と洞察力で、この世界の真理を見抜いたお釈迦様は、人間は死んだ後も、空(くう)の世界に展開したり、戻ったりするのだとと教えてくれています。我々が住む世界がどうなっているのか、この世界を支配している諸法「無常」を理解すれば(正見)、「死」すらも、あまり怖いことではなくなるということをお釈迦様は説いているように思います。