釈迦の教えが必要な時代かも

科学技術への過剰な信仰が進み、仏教への信仰者(釈迦の教えの実践者)が減少してきた日本。その結果、今、日本や世界はどうなってしまったか。

日本では、非正規雇用による格差拡大、貧困に陥る家庭や子供の増加。将来に希望を持てない若者。ストレスフルな都会での生活。サービス残業など、過酷な労働時間。上がらない賃金。誹謗中傷の嵐、汚い言葉の横行。自殺者、虐待、DVの増加。多数のペット殺処分。不法投棄も。

海外では無差別テロ、侵攻、戦争などなど。

このような事象が生じる共通の要因は、突き詰めれば、自分の都合を優先した人の行為です。

もし、多数が釈迦の教えの実践者であれば、もっと住みやすい、平和な世界、国になっていただろうと想像します。

相手を尊重し、ときには与え、ときには助けなさい。

会話するときは、相手の状態をよく観察して、相手にとって一番良い言葉、丁寧な言葉をかけなさい。夫婦の間であっても。

貪りや、怒り、憎しみや、愚痴の行為には、特に注意しなさい。それらは、自身、そして相手をも不幸に導き、双方の心を痛めますよ。

そして、釈迦の教えで一番重要なことは客観視による正しい状況の認識。

自分を中心に物事を捉える主観視では、正しく認識できず判断を誤りますよ。還付金詐欺を見破れないのも主観視が要因の一つ。持続化給付金詐欺に巻き込まれるのも、自分が得をしたいという主観視が要因。客観視できていれば「駄目なことはダメ」と気づける。

自分の都合で物事を見たり、判断していると、結果的に、自分も周囲の人も不幸になりますよ。

自分の利益や自分に都合の良いことを優先したり、保身にまわって忖度したり、自分の思い通りにならないと腹を立てたり、暴言を吐いたり、暴力を振るったり。そのような人が増えてきたのが、今の世界や日本ではありませんか。

そして、このような人たちが、もし国のリーダーになってしまったら、もう不幸な人は激増してしまいますね。

もちろん社会が良くなってきた部分もあります。そこには、良いリーダーがいたのでしょう。

政治、経済、技術開発、教育、日々の生活。

その根底の中に「人はどう生きるべきか」を説く釈迦の教えが、今、必要なのではと思っています。