悟りを開く(事象を正しく見る)には、知識と経験だけでなく、洞察が重要。心の動きを含めて、この世界で生じている全ての事象には必ず要因があり、その要因が絡み合った結果が事象として現れる。釈迦の説いた仏教は因果関係を重要視する。
何がどうなっているのか。洞察するには観察がポイントとなる。五感を使って観察する。呼吸と姿勢を整えて観察し、そして、観察結果から洞察して因果関係を整理していく。
呼吸と姿勢を整えるのは、脳を冷静で活発な状態にするため。動揺している脳の状態では、正しい観察も洞察もできない。五感も鋭くしておく必要もある。頭だけで考えない。自分の感覚も大切にする。良い感じなのか、嫌な感じなのか。素直な感覚は直感という。頭で考えた理屈だけでなく直感も大切にする。理由はわからないが、何か違和感があるときは注意してみる。生物としての直感は重要である。直感は高次元の世界と繋がっている。高次元の世界からは、我々の次元は丸見えなのだ。
観察や洞察をするときに自分の都合を入れてはならない。自分を事象の中心に置いてはいけない。執着や固定観念も自分の都合から生じていることに気づかなければならない。自分の心のフィルターを取り除き、ありのままの事象を観察し洞察する。いわゆる客観視ができるかどうか。ここが最重要ポイントとなる。
人間という生き物は、どうしても自分の都合や自分を中心に物を見たり考えたりしてしまう。ここを断ち切って、客観的に事象を把握するようになると正しい観察と洞察ができるようになる。これを体得すると、心の動揺が無くなり穏やかになる。また人生で失敗する確率が大きく下がる。ニュースで出てくる犯罪や失敗や事故は、すべて客観視できていない人の行動によるものである。
逆に客観視を体得すると、正しく事象を理解できる。これが悟った状態であり、穏やかに生きることができるようになる。
もう一つの大切なポイントとして、正しく洞察するには、ある程度の知識と経験が必要。無知では正しく洞察できない。ある程度の学と経験が無ければ正しく洞察することはできないのである。
生まれたばかりの子供には洞察はできない。親が無知であれば、子供も無知となる。人生においては、良き指導者、先生に出会えるかどうかも悟るためには重要なポイントとなる。
経験も同じで、未経験では正しく観察も洞察もできない。経験とは自分で考えて自分で行動することで身につく。
悟りが開かれれば、不満、怒り、憎しみ、恐れ、嫉妬、焦り、悲しみといった負の心の動揺は、自分自身が生み出しているに過ぎないことに気づくはずた。